あだ名はフック | 刹那的雑記

あだ名はフック

僕は空を飛ぶことが出来る。けれど、それは絶対に内緒だ。そんなことがばれたら、僕は世間の晒し者となって、研究所とかに連れて行かれて一生牢獄みたいなところで暮らさなければならないから。

僕が空を飛べるようになったのは、いつも側にいる妖精のおかげだ。昔は、ティンカーなんとかとかいう名前だったらしいけど、僕は今はそれを愛称としてティンクって呼んでる。

ティンクがいつも身にまとっている黄金色に輝く粉を僕に振りかけると、僕は空を飛びたいと思う事だけで、体が宙に浮く。 後は簡単だ、左に、と思えば左に行くし、少し上にと思えば上に行く。つまりは、歩くときに別に特別な事をしなくても自分の思い通りに進むことが出来るのと同じで、何も難しいことはない。

まぁ、実際に飛んでみなけりゃ分からないとは思うけどね。

ティンクの話によれば、昔一緒にいた、ピーターなんとかだとかいう、あんパンみたいな名前の少年が、病気で死んでしまったらしく、仕方なくここまで逃げてきたらしい。なんとも不憫な話だ。

ティンクは僕のことを気に入ってくれたらしくって、いつも側にいてくれた。僕は夜中になると、夢中で空を舞い、一緒に雲の上で星を見たり、大気圏ぎりぎりまで飛んでみたり、毎日が楽しかった。

けれど、それにも飽きてしまって、日ごとに空を飛ぶこともしなくなっていった。
そして、ある日、僕は出会う。 僕の家に、ある少年が訪ねてきたのだ。

全身緑色の服をまとい、緑色の羽帽子を被った少年。丁度ティンクは、その時間出かけていたので、そこにいたのは僕一人だった。 最初は僕も不審者かと思って、戸惑ったが、そいつがティンクの知り合いだったらしく、部屋にあげた。

名前は・・・前にティンクが一緒にいたという、アンパンみたいな名前。


「え?僕が死んだ?」 アンパンみたいな名前の少年は、僕がティンクから聞いた話を僕が伝えると、驚いたように聞き返してきた。

「参ったな・・・あいつそんなことを・・?」 少年は、困った風な顔をしながら 「その妖精を返して欲しいんです」と言った。

あまりにも一生懸命頼むものだから、僕はティンクが惜しくなって 「それは出来ない」と答えた。

けれど、ティンクは帰ってくるなり、その少年と出ていこうとし、制止する僕の左手を少年が切り落とした。



そうして、僕は二度と空を飛ぶことができなくなった。

あれから10年。今は、ヒゲも生え、切り落とされた左手には、何かと便利だろうからといって医者がつけた銀色のフックが輝いている。何が便利なのか、今になってもさっぱりわからないのだが。

そのせいか、周りからはフックとあだ名を付けられ、辛い思いもした。 そんな時、噂であの緑色の少年の話を聞いた。どうやら、遠く離れた孤島で、年も取らず、美しい妖精と共に自由に空を飛び回る少年がいるらしい、と。

僕は、その話を聞いて、いてもたってもいられず、すぐに船を手配した。あいにく、急だったから海賊船のようなものしか手に入らなかったが、それでも僕は構わなかった。


当時飼っていたワニを海に帰す。そう言えば、前に目覚まし時計があまりにもうるさいと思って、つい、寝ぼけて勢い余ってあいつに投げつけたら、それをそのまま飲み込んでしまったんだっけ。

まさかそれをあんなに根に持ってるとは思わなかったけど。

さぁ、出発だ。 アンパンみたいな名前の少年の住む、なんとかランドっていう納豆みたいな名前の島を目指して! 必ず、必ずこの左手の仕返しをしてやる。こんなあだ名になったのもあいつのせいだ。 そしてもう一度、ティンクと空を飛ぶんだ。




その為に、あのアンパンみたいな少年を殺さなければ。